っふぃろらぼ

自己顕示欲を満たす傍ら、ちょっぴり文化興進できたら良いなぁとか夢見るブログ

コラム:「24時間テレビ」と「チャリティ」について

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(24時間テレビ公式サイト)

今年も24時間テレビが始まりました。

今年はランナーの発表が当日に初めて行われるという異例の年になっているようです。

 

さて、昨年の24時間テレビの裏番組でバリバラが「感動ポルノ」を扱ってから24時間テレビへの疑問の声がこれまでより目立ってきているような気がします。

そもそも「チャリティ」と「有名人が走ること」と、一体何の繋がりがあるのか、というような話で...

24時間テレビの中で組まれている番組の内容も、「チャリティ」とはかけ離れているような気がしますよね?

まぁ、その通りなのです。

今回は、SNSで注目され、ある程度取り上げられている意見についての筆者の自論を述べたいと思います。

 

 

今回言及するのは24時間テレビなんかやるよりもっとほかのことして稼いだお金を寄付したほうがいい」というような意見です。

実際のところどちらのほうが、どれほど利率が良いのか、というのは誰か詳しい人にお任せします。しかし事実、既にある程度の計算はされており、賛同の声も上がっているようです。

では、こうも24時間テレビの欠陥が訴えられており、証明されているようであるのに、なぜ24時間テレビは是認されるのでしょうか?

それはずばり、24時間テレビの目的は「チャリティ」ではないからです。もちろん寄付という点で「チャリティ」の側面もありますが、それは主たる目的ではありません。どちらかというと、別の目的を達成するための手段として機能しているように思えます。

24時間テレビも所詮一株式会社の一番組ですから、公的な福利を生み出す理由はどこにも無いのではありませんか。

視聴率、話題性、権威など、24時間テレビの本来の目的は様々ありましょうが、それは今回の主題ではありません。24時間テレビはある種の祭りのようなもので、これに際して大勢でワイワイ騒げれば皆ハッピー、というような感情もあるかと思います。祭りに時折ついて回る問題が「自粛」というものです。6年前の東北地方太平洋沖地震のときは東京の公園で花見が「自粛」されました。*1「一部の人が悲惨な目にあってるのに何をやってるんだ」というようなやましさです。そこで、「チャリティ」という言動は「自粛」をはねつけ、祭りを正当化するツールとして機能します

加えて、「チャリティ」という言葉はそれこそ「感動ポルノ」に則って、主催者にも視聴者にも高揚感を与え24時間テレビをより一層盛り上げます。具体的には視聴率を上げます。会場に観客を呼び込みます。「チャリティ」はこういったツールです。

 

さて、「チャリティ」というのがあくまで名目上のものであるということですが、このことは、視聴者も知っていてしかるべきことです。「何をいまさら」というような事実です。主催者側もまさか視聴者が本当に「24時間テレビの目的はチャリティだ」と考えているとは思っていないでしょう。

なのでこのことをわざわざ記事にするのは少々躊躇ったのですが、万が一ご存じでない方がいらっしゃれば、と思い書き起こしました。

このことを踏まえれば、24時間テレビなんかやるよりもっとほかのことして稼いだお金を寄付したほうがいい」ということを口にしている方はあくまで「もしチャリティをやるんであれば...」という揶揄を暗に込めていることがわかります。つまりは、一見批判のように思えるこういった意見は、単なる皮肉であるということです。いわば遊びですから、これに目くじらを立ててはいけません。

※「遊び」という言葉は、ここではマイナスの意味では用いておりません。ご留意願います。

 

 

以上。「24時間テレビ」と「チャリティ」の関係について好き放題述べさせてもらいました。最初に述べたように、以上はあくまで筆者の個人的な意見なので、断定で締めくくっている部分はメタ的に考えれば推量になります。